C社ベタストーリー〔第5話〕

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第5話

「地球は今のままではいけないと思います。だからこそ地球は…」

 テレビの中では日本の首相、小柳氏が弁舌を奮っていた。また火星移住計画の話か…そう思いながら龍治は朝食のトーストをコーヒーで流し込む。夏場はどうも食欲が落ちる。

 今、世界は温暖化が進み自然災害が増えすぎた地球から、火星への移住計画を進めている。そしてそれに関し、火星へ人員を運ぶ大型輸送機の開発競争は国を単位として激化の一途を辿っていた。事実上、多数の人間を一度に、そして安全に運べる輸送機を最初に開発した国がこの壮大なプロジェクトに関してのイニシアチブをとれるであろうことは、誰も疑いようがない。しかもそれは、今後の火星での覇権争いにも関わってくるのだ。

 突然、スマホのニュース受信通知が鳴り、テレビからもニュース速報のチャイム音が聴こえた。

「小柳首相、火星への移住用輸送機開発を日の丸工業に協力依頼と正式発表。午後にも日の丸工業社長が会見を開く予定」


 それから2か月経ち、暦は10月になっていた。龍治が降り立った関西のZ市は、今年は特に秋が早いようだ。繁華街から離れた、いかにも「下町」といったところに今回の依頼先C社はあった。

「あー、これはこれは高山先生、こんなん遠いとこわざわざ来てくだはってホンマありがとうございます」

 腰の低いこの中年男性が、C社の社長・神田拓郎である。着慣れた作業着が、神田の物腰を更に柔らかくしていた。

 応接室で対面した神田に、龍治はこう切り出した。

「御社について少し調べさせていただきましたが、日の丸工業様とのつながりが強いようですね。しかもテスト段階での火星への移住輸送機のシートは全て御社で揃える意向だという記事を読みました。火星への移住輸送機というと、今最も話題になっているトピックですもんね」

 神田が中途半端な笑みを浮かべた。その顔を見て、龍治は続ける。

御社にとってメリットとしては○○○○、
一方で○○○○という不安がありますかねぇ

「まさにそうなんです。ええことばかりでもないなぁと思てたとこですねん…」

 神田の声からは関西弁特有の明るさが消えていた。

 

 C社は革製品の製造を主業としている。元々皮革製品が有名なこのZ市で、C社が事業を興したのは第一次世界大戦による好景気で日本が沸いていた頃だ。そして今でこそ本社を東京に置いているが、今や日本最大の機械メーカー、日の丸工業も立ち上げはこのZ市からだった。大戦中に軍用機を多く手掛けるようになった日の丸工業は、耐久性の良い革をシートやハンドルなどに使用するため、Z市に数多く存在した皮革の加工会社を下請けにしてどんどんと成長していった。日の丸工業の景気が良くなるほどにZ市も繁栄する、そんな典型的な企業城下町だったZ市で、C社もひとつその恩恵にあずかろうと起業したのが始まりだ。

 そのような経緯のため、C社は長らく日の丸工業の下請けに甘んじていた。いや、正確には「甘んじていられた」と言った方が良いだろう。日の丸工業の製品は世界的に見ても性能が抜きんでていると、世界中から高い評価を得ている。他方、正直に言うと日の丸工業からの注文は大きく利益のでるものではなかった。神田はほんの少し、瞳に誇りを含めて話す。

「それでも日の丸工業の下請けでおりたいと思うんには理由があるんですわ」

日の丸工業の下請けっていうんは○○○○ですねん

 Z市の中小企業は何とか日の丸工業の下請けにしてほしいと列を作って待っている。C社のような零細企業が一度も契約を打ち切られることなく下請けであり続けられたというのは、それだけ名誉なことなのである。

 ところがここ10年ほどで若干潮目が変わってきた。世界の機械メーカーが大きく成長し、日の丸工業の製品と引け目を取らぬものが、より安価で供給されるようになってきたのだ。これまで「日の丸一強」と言われた業界の構図はじわじわと歪になっていった。価格競争を強いられた日の丸工業は、その皺寄せを下請け企業に背負わせる。日の丸工業からの受注は、更に実入りが少なくなっていった。

 また、多くの下請け企業も若い世代へと交代していた。そういった中小企業は自分たちで新たなイノベーションを開発し、自分たちで販売していく。大企業にもこびへつらうことなく自分たちの分野を颯爽と駆け抜けている若い社長たちを、神田は若干羨ましく見ていた。

 

 龍治が神田の言葉を聞き逃すまいとメモを取りながら必死で聞いていると、ガチャリと扉が開く音が聴こえた。目をやると、神田と同じ作業着を着た小柄な女性がお茶のおかわりを持ってきている。

「初めまして、高山先生。娘のアキノです」

「あ、初めまして。高山と申します。いつもお世話になっております」

 予想外の新キャラ登場に動揺し、龍治は初対面の相手にはかけないような言葉をかけてしまう。「しまった」と思ったが、時既に遅し。言葉はもうアキノの耳に届いていたようだ。アキノが無邪気に笑う。20代前半だろうか。笑った顔に幼さが残っている。

「あ、突然すんません。アキノはウチの新規事業の責任者なんですわ。これからの弊社は、アキノにかかってると言ってもええくらいや」

 神田がアキノを見る。アキノも父親からそう言われて、満更ではなさそうだ。

「新規事業、と言いますと…?」

興味の対象をアキノから外し、龍治は尋ねた。話が続く。

「このまま日の丸工業の下請けでいて良いのだろうか」

 神田がそう考えていた矢先、アキノが大学を中退してファッションの専門学校に行きたいと言い出した。これまで在籍していた経営学部とはお門違いの進路である。驚いた神田を更に驚かせたのが、さらりと言ったアキノの言葉だった。

「大学生になって初めて気付いたんやけど、ウチの足に合うパンプスがこの世にはない。ないから作りたいと思ってん。お父ちゃん革の専門家やろ?ウチがデザインした靴作れるはずや」

 確かにアキノは小柄で、足のサイズも一般的な女性よりはるかに小さい。高校時代までは不便を感じなかったものの、大学に入っていざお洒落なパンプスを履こうとしたとき、選択肢がほぼないことに驚愕したという。気持ちは分かるが、せっかく苦労して入学した大学を中退してまでそんなことを考えるとは…元から妻譲りで天真爛漫な子だと思っていたが、ここまでとは思わなかった。神田はその圧倒的な素直さを前に、うんとしか言いようがなかった。

 大学を中退し、服飾専門学校に入学したアキノは、当初から靴作りを念頭に学業に励み、空いた時間で工場に来ては神田やベテラン職人に革に関する知識を訊いていた。そして専門学校入学から2年ほど経つ頃には、工場の隅でコツコツと自分の足にあうパンプスの試作を繰り返すようになった。卒業後は神田のつてで靴職人に見習いに行き、腕を磨いていくうち、アキノは方向性を見出した。それが「ひとりひとりの足に合った靴作り」である。

「ウチみたいに足のサイズが一般的でない人だけじゃのうて、足に障害があってお店にある靴ではよう履かれへん人とかでもフィットするように、その人の足に合わせた靴を、1足1足丁寧に作りたい。そんな夢ができてしもうて、今度は義足の製作所に修行に行ったんです。ちゃんと色んな足について勉強せなあかん思うて。ほんでようやく去年、本格的に新事業としてウチのブランドの靴を受注生産するようになったんです」

 アキノは特徴のある目を更に輝かして語る。

 何せ靴作りというのは神田も経験したことのない完全に新規の事業だ。これまで日の丸工業からの受注とその関連会社からの受注で、派手に営業はせずとも社員を雇い続けられるくらいの利益は出せていたが、今回はまずは買ってもらえる相手を探す“営業活動”から始めなければいけない。一から十まで、C社にとっては未経験の領域だった。

≪続く≫

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