B社ベタストーリー〔第3話〕

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ふぞろい16メンバーのブログは2月20日スタート!

どうぞお楽しみに!

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第3話

「そう言えば実果さん、こないだなんか龍治さんに言いたいことあるって言ってませんでしたっけ?」

 いつものバーテンダーがキラーパスを送ってきた。分かりやすく実果が動揺する。

「え?あっ、そうそう、えーっと、私の叔母の話なんだけどね」

「叔母さんの話か」と少し胸を撫で下ろす自分がいることに、龍治は我がことながら困惑した。

「叔母さん、九州で旅館やってるのね。でもさ、この状況で外国人観光客が来なくなって、大変なんだって」

「へぇー、実果の叔母さんって九州にいるんだ。知らなかったな」

「うん、母の妹なんだけどね。あ、元々母は九州の人だから。それで、りょーちの話をしたら、良かったらウチの旅館も診て欲しいって言われたんだけど、どうかな?」

 バーテンダーは少し肩をすくめると、再びシェーカーを振り始めた。リズミカルな音が、ジャジーなウッドベースに乗って店内全体に響き渡る。 


 そういう訳で、龍治は九州の温泉地Y市にいた。9月と言っても、九州はまだまだ夏のようだ。

 「あら、もしかして、高山さん?」

 振り向くと、そこだけ秋を感じるような絵柄の和服を着た上品な女性が立っている。口元が実果によく似ていて、すぐに彼女の叔母なのだと分かった。

 彼女が経営するB社旅館の和室に通された龍治は、早速実果の叔母でありこの旅館の女将である馬場信子と対峙し、これまでの歴史を聞いていた。

 B社旅館が開業したのは江戸末期。といってもこの温泉地は当時から湯治場として有名な地域で、B社が特筆して老舗であるという訳ではない。それでも高級感では他の旅館の中でも群を抜いていて、明治・大正にかけては当時の文豪や芸術家が多く宿泊し、館内のあらゆるところにその歴史が刻まれている。実は龍治が高校の現代文で学んだ小説に出てくる旅館のモデルになっていたと聞いたときには、思わず心からの感嘆を漏らしてしまったほどだ。

 平成に入ってからは、隣の県の温泉地が都会へ向けて大々的に広告を打ったことで客の奪い合いになったが、その穴を埋めるようにして今度はアジア系観光客が多く来訪するようになった。彼らの目的はこの本格的な和の旅館と温泉、そして車で30分のところにできた大型ショッピングセンターである。そこで大量に買い物を終えた観光客は、そのまま用意されたマイクロバスに乗ってこの温泉地の旅館に宿泊する。このルートは「西のドアからコンニチハ・九州お買い物ツアー」として、あらゆる国で人気のコースとなっていた。

 しかしここ数年、世界中で感染力の強いウイルスが流行し、各国が海外渡航を制限してしまった。既に国内では日本人によく効くワクチンが開発され、国内での行動制限はなくなったが、人種によって効果が違ったり、国によって成分の規制がかかったりすることで、まだ効果的なワクチンが開発されていない地域からの観光客は受入禁止となっていた。残念ながら、この温泉地に多く訪れていた国々は未だその制限の中にある。いつそれが緩和されるのか、そもそも緩和される日が来るのか、期待を持つことさえ憚られる状態だ。

 信子が考えたのは、数年前に旅館組合加盟店の女将約15名で作った「おカミ対応隊」の再始動である。信子がこのグループの団長を務めていたが、メディア向けに発足したは良いものの、当時は外国人観光客で各館が忙しくしていたため、活動は次第になし崩し的休止となっていた。当時と状況が変わり、一致団結した戦いが必要となっている今、信子は自分が先頭に立ってこの「おカミ対応隊」の活動を復活させ、地域全体でこの苦境を乗り切りたいと考えている。前向きに物事を捉える姿勢も実果によく似ていると、龍治は思った。

 窓の外に広がる鮮やかな緑を眺めながら龍治は問う。

 「この辺りは確か農業なんかも有名ですよね?」

 「えぇ。ここ気候も良いし、果物の生産が盛んでね。四季を通してそれぞれに旬のフルーツがあるとよ。ただねぇ、農家の方もまだそれを観光資源に結び付けるっていうとはできとらんみたいやけど」

 「なるほどですね。他に地域の特色などはありますか?」

 「うーん、自然と温泉以外は何もない村やねぇ…。あ、夏には灯篭流しって言って提灯を飾る風習があるとよ。他の地域はお盆だけでしょう?それがこの辺りでは、夏の間中、ずっと。今晩も夕暮れになると燈の灯されるけん、龍治さんも見ていきなっせ」

 「へぇー、それは知らなかったな。実は僕も九州の出身なんですが、やっぱり少し場所が違うと、風習は全然違うものなんですね。と言っても僕も18までしか地元にいなかったので、知らなかっただけかもしれませんが」

 「あら、龍治さんも九州の人ね。これも何かのご縁やねぇ。九州はどこのご出身?」

 それからしばらく、二人の九州談義は続いたのだった。

 

 その後、予定通り宿泊をサービスされた龍治は夕食、温泉、灯篭見物、翌朝の朝食までを堪能し、他の客がチェックアウトして喧騒が収まった後、再び信子と対面していた。

 「どうやった?当館の食事は全て九州産のものを使っとると。あんまり写真映えするものじゃなかとけど、素材と味には自信のあっけんね」

 龍治が感じた感想と同じことを信子はこともなげに言う。確かにどれも美味しかったが、全体的に色が暗く、SNSで発信するにはややインパクトが欠ける印象があった。龍治もその点を指摘しようとしていたのに先に言われてしまい、少し勢いを失ってしまう。やはり経営者は自分たちよりはるかに会社のことを考えているのだ。

 龍治は昨夜部屋で作った資料をフロントで出力してもらい、信子に今考えていることを説明した。

まずはSWOT分析ですが、○○○○

 「へーぇ。今まで漠然と肌感覚であったもんが、こうやって整理されたらしっかり分かるとねぇ」

 多少手厳しくも聞こえる龍治の分析を、信子は無邪気な笑顔を絶やさぬまま聞いてくれた。

そしたら、ターゲットとしては○○○○、課題は○○○○って感じやろか

 「素晴らしい!」

 龍治は思わず立ち上がりそうになった。その衝動を抑えて続ける。

その対応策のためにまず広告戦略として○○○○してみてはいかがでしょうか。
他にも○○○○を用意することなどが考えられます

 龍治が一通り説明を終えると、信子は感心したように小さく手を叩いた。

 「やっぱり先生、さすがやねぇ」

 信子は1ページ目から再度目を通し、時折頷いている。ページが最後まで捲られた。

 「でもね、奇麗事に聞こえるかもしれないけど、経営を軌道に乗せたいのは、うちの旅館のことだけではないとよ。周りにある旅館はね、確かに競争相手やけどそれだけじゃない。長い歴史を共に戦ってきた戦友でもあると。だけん、地域全体が盛り上がるようなことばしたかっていうとが本音。でもそがんと、絵空事でしかないとやろうか…」

 信子の視線の先には燈が消された灯篭が並んでいる。光も影もない灯篭は、昨晩見たものとはまるで違うもののようだった。

≪続く≫

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