A社ベタストーリー 第2話

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≪A社ベタストーリー 第1話はこちら


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ふぞろい16メンバーのブログは2月20日スタート!

どうぞお楽しみに!

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目次

第2話

「とにかく、こん店を潰したくないんじゃよ」

 息子の賢三がこれから瀬戸内の海へ潜りに行くと言って退室した後、相川はそう言ってため息をついた。

「親父は戦後、裸一貫からこの店を立ち上げたんじゃ。それをワシが潰しかけてしもうた。何とか名前だけは残せたけんど、肝心の親父の味がなくなりかけておる。息子もあんな調子でマリオネットかなんか訳の分からんお菓子を作るようになってしまっとるし。一応社員にもS社にもあれが次期社長になると伝えてはおるんじゃけどもね、納得してくれるもんじゃろか…親父の代から勤めてくれとる経理部長やら営業部長も、もうそろそろ引き際かのぅって話しとるんですよ。今はS社もあいつら重鎮がおることでおとなしくしておるけんど、みんなが一堂に一線を退いたら、何をしかけてくるんやか…」

 相川は視線を左の壁に向けた。壁には賢三が貼ったのであろう、フランス語の世界地図が掲げられている。日本は極東に追いやられ、中心はヨーロッパだ。

「世界進出なんぞ、ワシはそんなこと考えとらんのですよ。でもS社は全国進出を達成させた後は必ず次は海外を狙うじゃろ。息子も世界へ出ると言うとります。確かに世界に目を向ければ市場は広がるのは分かっとる。もはやワシの代でS社に完全に経営権を渡して、息子もS社の一員として世界を目指してもろうた方がええのかもしれん。じゃけんど…」

 相川はそこで口を噤んだ。次の言葉は出ないまま、沈黙を消すかように窓の外のセミが鳴き始める。


 龍治と実果は行きつけのバーへと場所を移し、依然A社について話していた。龍治はジントニック、実果は旬のフルーツを使ったカクテルを頼むのが定番だ。

「S社に売却して海外進出か…確かに現実的な選択ではあるよな。でもその前にやっぱりあの社員同士のいがみ合いを何とかしないといけないか」

「そうよ。りょーちの銀行だって、何年か前に合併した時はあったんでしょ?旧Hとか旧Sとか」

「よく覚えてるな。あの時どうやって融和したんだっけ…」

そうか、その時のことを考えると社長には○○○○みたいなアドバイスができるな

 実果はピンクとオレンジが混ざったような色のカクテルをすすった。

「社長さん、ホントはお店、守りたいんだろうね。世界へ出るよりも、どんなに小さくても」

 龍治はしばらく黙って考えた。そしてふと目を見開くと、おもむろにカバンから財布を取り出した。

「ごめん、やっぱ明日A社に行くわ。それまでにプレゼン資料作るから、今日はもう帰る。ホントごめん。今度穴埋めするからさ。マスター、これ、彼女の分も」

 そう言って五千円札をマスターに渡すと、嵐のように店を出ていったのだった。

「龍治さん、またでしたね」

 すっかり馴染みになったマスターがそう言って実果に笑いかける。

「いつものことよ。もう慣れちゃった。でも…」

 実果の、夏らしく水色にネイルアートが施された指がカクテルグラスに引っかかっているオレンジに触れる。

「今日は言いたいことあったのにな…」


 翌日、龍治は山陽新幹線に乗っていた。実果のお陰で大切なことに気付いた。本当に実果は良い彼女だ。

 相川は突然のアポにも関らず、快く対応してくれた。今回は地図アプリなしでも目的地に辿り着けそうだ。

 前回と同じ応接室に通されると、既に相川はソファーで龍治の来訪を待ちかねていた。龍治は汗も拭かずに相川の前に立ち、はっきりとした口調で話した。

「社長、やっぱり、社長の思いを叶えましょう!社長の思いあってこその、A社だと思うんです!」

 相川は龍治のあまりの勢いに多少たじろいだようだったが、その熱意を感じると深く頷いた。その顔を見て、龍治はカバンから昨晩深夜までかかって作ったプレゼン資料を取り出した。

御社が抱えている課題は〇〇〇〇と考えます。
それを解決するために人事的な面で○○○○、組織的な面で○○○○という施策を考えてみてはいかがでしょうか。

「御社の、御社だけの味と名前を守り抜いていきましょう!」

 相川の顔が次第に緩んでいく。

「しかし、できるんじゃろうか、そがいなこと…」

「大丈夫です!僕もお手伝いします!」


 それからひと月後、龍治は定期訪問としてA社を訪ねていた。店に入ると以前応接室へ通してくれた女性と小言を言った女性とが今日はどちらも浴衣を着てにこやかに接客している。二人とも、前に見たときよりもずっと奇麗に見えた。

 相川が店内まで迎えに来てくれている。

「高山さん!アンタのお陰で、社内が随分和んで、よう回り始めとる。えっとすげぇのぅ!」

 嬉しそうに両手を差し出す二人の間には、相変わらず主張の強いマリトッツォの芳ばしい香りが漂っていた。その香りが暑苦しくなくなったのは、少し秋が近付いたからなのだろうか。

≪A社ベタストーリー・終≫

ひと言

次回は「B社ベタストーリー」

龍治の次の舞台は九州Y市!老舗旅館の女将相手に、龍治はどこまで力を発揮できるのか!?

そして実果の新事実が明らかに…

ゆるく次回更新をお待ちください。

 

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