C社ベタストーリー〔第6話〕

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第6話

 新規事業の立ち上げから約1年、修行に出ていた義足製作所からの紹介もあり、今のところ何とか仕事を切らさないくらいには注文を受けられている。しかし、アキノがかかりきりになりひと月ほどかけて特注靴を作ったところで、商売にはならないというのが本音だった。

 折しもその頃、日の丸工業から火星移住のための輸送機開発プロジェクトに内々に選定されたため、協力してほしいとの依頼がきた。担当はこれまでも多く手掛けてきた乗客用シート。C社のお家芸とも言える。しかもこれは国の威信をかけた一大プロジェクトだ。実用化がされていない段階では大きなリターンは望めないことは分かっているが、もし日の丸工業を含む日本チームがリーダーになれれば、世界的なシェアを独占できるに違いない。今回は特別にシートの隅にC社のブランドロゴを入れることもできるため、知名度もはるかに向上する。神田には断る理由がなかった。

 この生産依頼を受諾するとなれば、既に試作の段階から人手も機械も足りないということは明白だった。作業員の増員や設備投資が必要であるが、余裕がないのは資金も同じである。神田は何とかしてその資金を調達できないか考えていた。

 図らずもアキノが考えていたのも父と同じことだった。と言ってもその対象はもちろん靴だ。足に障害を持つ人向けの靴は、この新規事業の存在意義として作り続けたい。でも、やはりその事業を維持するための資金が必要だ。アキノが考えたのは、足に障害があるという訳ではないが、自身のような標準的な足のサイズでない人に向けた靴のセミオーダーである。デザインやカラー、素材をいくつか設定し、それを組み合わせた上で注文者の足のサイズにピッタリ合った靴を製造する。完全オーダーよりも時間も手間も少なく、ある程度まとまった数を生産できる。しかしそれを実行するとなると、アキノだけでは手が足りない。2~3人は作業員が欲しいところだった。

つまり、足に障害のある方向けの靴は生産方法として○○○○であるのに対し、
幅広くサイズをとり揃えた靴というのは○○○○という生産方法をとる、
といったことになりますね

 龍治はアキノが言いたいと思われることをまとめた。

 父と娘はこのことで大きな争いを起こしてしまった。どちらも人材が欲しいがC社にはその余力がない。さて、どちらを優先すべきか。2人はそれぞれの持論を展開し、妥協を許さない。最終的に現社長である神田の「火星輸送機の革シート製造を受注する」という主張は採用され、日の丸工業との契約まで済ませたのだった。

 しかし、神田も心の底では、アキノが考えるような、C社が全ての主導権を握れるような新規事業を始めなければいけないと感じていた。現状、C社は日の丸工業に対し、納期や数量など、かなり融通を利かせてやっている。そのせいでギリギリまで受注数が決まらなかったり、突発的な修理依頼があったりで生産計画の作成もままならないほどだ。作業員8名は皆ベテランだが、それぞれが空気を読みながら、自分のやり方で仕事をしている。明文化できない抜群の阿吽の呼吸で今はそれが最適解となってはいるが、それがこのまま続くとも思えない。アキノの新規事業を本格展開するとなれば、作業員数名をそちらに移動させる必要もあるだろう。神田が分かっているだけでも、課題は山積だった。

「古い考えではあるけどな、国の事業に関われるいうのは、ホンマ名誉なことですねん。日本人が火星で落ち着いて暮らせるように、こんなこまい中小企業でも国を救える手伝いができるなら、ほんな嬉しいことない。せやから、このプロジェクトは必ず成功させて、日本という国の技術力を世界に見せつけたい。今もジャパンアズナンバーワンは健在だと、言わせたいんよ。でもアキノの夢も叶えてあげたいし、それはC社の未来にもつながることや。先生、どないすればええやろか」

 汗で神田の作業着の水色は所々濃くなっていた。


「りょーちくーん!」

 行きつけの定食屋の引き戸を開けるやいなや、サブの声が聞こえた。龍治とサブはここで一緒に昼食を取ろうと落ち合ったのだ。

 二人とも定番の日替わりを頼むと、早速サブが身を乗り出した。

「驚いたよ、ホントに実果ちゃんのお父さん、日の丸工業創業家出身の役員だったんだね。しかも海外事業部長も兼任。次は副社長との呼び声も高いそうだよ。」

「お前、よくこの短期間でそんなに調べたな。そんなことしてる暇あったら勉強しろよ」

 酔った勢いで、ふと実果が日の丸工業重役の娘らしいということをサブに話してしまったのはわずか3日前のことだ。サブはその親しみやすい人柄で人脈が広く、意外なほどに情報通だった。同期として助けられたことも数知れない。今回は特に頼んだ覚えもなく、興味がない素振りを見せたものの、彼の頭の中には龍治が知りたいことが山ほどあるだろうと思うと、気付かぬうちに声が上ずっていたようだ。サブはそれを感じてニヤリと笑う。

「りょーち君、忘れてもらっちゃ困るよ。弊行の合併相手は日の丸工業のグループ会社、元日の丸銀行なんだぜ。その筋に詳しい人はたくさんいるんだから」

 龍治は目を合わせずに、器用にサバの味噌煮から骨を抜き取っている。

「ただねぇ、りょーち君にとっては難しい立ち位置になるかもしれないな。日の丸工業は今度の火星移住用輸送機を、表向きはオールジャパンで作ると言ってるけど、ひょっとするとそうはならないかもしれない」

「えっ!?」

 龍治の頭に神田とアキノの顔が浮かんだ。

「ここから先はまだオフレコね。どうやら日の丸工業は内々で海外の優良企業を探してるみたいなんだ。それで優秀な若手を集めてこっそり海外協力企業発掘のタスクフォースを組もうという計画らしい」

「それじゃ、国内で協力を要請された企業も、これから切られる可能性があるってこと?」

 サブはお茶を啜りながら頷く。

「一旦は発注しても、難癖つけて契約を切るというのも考えられる。とにかく相手が文句のつけようがないくらいに完璧にQCDを守らないといけないだろうな」

 龍治に胸に一気に不安が押し寄せてきた。先日視察した工場での課題が次々と思い浮かぶ。小さい工場だから仕方ない、全社員に共通のその意識は、あらゆる問題から目を背けるのに格好のエスケープではあったが、無残にもそのシェルターは潰されかけようとしていた。

「あと、これも残念なお知らせの一つかな」

 サブが言いにくそうな声を出す。

「どうやら実果ちゃんもそのタスクフォースに加わるって噂だ。まぁ、内部では優秀かつ役員の娘って有名らしいし、父親がその陣頭指揮を執るんだから、信憑性は高いよな」

 こうしている間にもお昼のワイドショーは延々と火星はどんな星かということを説明していた。


 その日の夜、龍治は実果に早速会い、サブから聞いたことを伝えた。実果は黙って聞いていたが、最後に一言呟いた。

「正解も不正解も混じってる」

 そんなのは全部噂に過ぎないと言って欲しかったのに、淡い期待を砕かれた龍治はついカッとなってしまった。

「俺、こないだC社のことも神田社長のことも話したよな?日の丸工業に協力したい、日本のために頑張りたいっていう気持ちが強いって。それを、そんな、海外の企業と見比べてそっちが利益取れるならあっさり契約切るかもしれないって。どういうことだよ。しかもよりによってそんな仕事を実果がするなんて…俺、実果がどんな気持ちで俺の話聞いてたか、分かんねーよ」

 龍治は発泡酒を一気に飲み干す。やけ酒という言葉はこんな時のためにあるのだと、考えなくてもよいことを脳の一部は考えている。

「言いたいことはそれだけ?」

 実果はその冷えた缶よりも冷めたトーンで訊いた。

「それだけだったら私は帰るわ。もうすぐ二次試験なの。分かってるでしょ?こんなとこで他人の泣き言聞いてる暇はない」

「泣き言?ちょっ、待てよ」

 実果はトートバックを肩にかけると玄関の方へ歩いて行った。沈黙のままパンプスを丁寧に履き終え、追ってきた龍治に正面を向く。

「逃げたいのなら、逃げれば?情だけで、いいものは作れないの」

≪続く≫ 次回、いよいよ最終回

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