【企業経営理論&事例Ⅰ】信長に教わる組織論。

信長
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こんにちは。
ゲーム「信長の野望」では長宗我部家の天下統一を目指すミナトです。

 

今回は、1次試験「企業経営理論」2次試験「事例Ⅰ」の組織論を、
歴史上の偉人「織田信長」に当てはめて学ぶという、
息抜きしながら勉強できる記事です。

1次試験「企業経営理論」2次試験「事例Ⅰ」の対策をしたい人、

ちょっと勉強に疲れて脳みその別の部分を使いたい人、
単純に歴史が好きな人、

そんな方々におすすめです。
(wikipedia情報を基にしているので、歴史公証に関しては、ご勘弁ください・・・。)

得意な勉強

この記事を読めば、やや抽象度が高い組織論が

イメージを持って理解できるようになると思います。

 

信長に教わる、組織論

さて、念のためですが、皆様「織田信長」はご存じでしょうか?

戦国時代末期に現れ、革新的な手法でライバルを次々と打倒し、

天下統一の間近で部下の明智光秀の謀反に散った、歴史上の人物です。

信長

実在の人物でありながら、革命者、英雄、破壊者、魔王・・・、などといった

少年の心をつかむ派手なイメージで大人気です。

 

そんな信長ですが、「組織論」の観点からも大変優れています

一緒に確認していきましょう!

 

「バーナードの組織3要素」と信長

バーナードの組織の3要素とは、アメリカの経営学者のチェスター・バーナードが提唱した

組織が成立するための「共通目標」「貢献意欲」「コミュニケーション」3つの条件のことを指します。

この3要素から信長を見てみましょう。

 

①信長の「共通目標」

 ここで言う共通目的とは、組織が向かうべき経営目標、つまりビジョンのようなものです。

 目指すべきビジョンがなければ組織はバラバラになってしまいます。

 

 信長は有名な「天下布武」というビジョンを掲げていました。

 「天下布武」の解釈には諸説ありますが、

 最もポピュラーな意味は「武力での天下統一」です。

 信長はこのような明確なビジョンを示し、

 組織をまとめ上げてリーダーシップを発揮していたのです。

 

②信長の「貢献意欲」

 この貢献意欲は、組織の構成員のモチベーションのことです。

 社員のモチベーションが低い会社は、滅んでしまいかねないということですね。

 

 信長は(苛烈なまでの)信賞必罰・成果主義で部下のモチベーションをたきつけます。

 優秀で成果があれば、元農民の秀吉、元浪人の明智光秀などをどんどん出世させます。

 一方で昔から織田家に使えており、一時期右腕だった林秀貞や佐久間信盛も、

 やる気ない!と見るや追放しています。

 

 そうかと思えば、秀吉が奥さんと夫婦喧嘩をした際は、

 仲裁の手紙を送るなど、家族主義的な部下想いのところもあります。

 

 まさにアメとムチで、部下のモチベーションを上げていたわけです。

 (手法がそのまま現代の経営者にそのまま進められるかは別です。)

 

③信長の「コミュニケーション」

 このコミュニケーションとは、社長から部下にしっかり方針や指示が伝えられているか

 現場から情報がしっかり社長に上がっているか

 というイメージです。

 

 信長はかなり中央集権的な組織体制をとっており、

 上から下コミュニケーション、方針の伝達などはしっかり行えていたようです。

 わざわざ北陸にいる柴田勝家に、方針や権限に関するお手紙を送ったりしています。

 (下から上へのコミュニケーション、
  に関しては本能寺の変を考えると△だったのかもしれませんね。)

 

「組織構造の設計原理」と信長

組織構造の設計原理とは、組織を設計するときに守られるべき5つのルールです。

上手くいっていない組織はこの5つのルールのうちどれかが機能していない可能性があります

信長は、組織構造の設計原理的の観点でも、しっかりした組織運用を行っております。

①「専門化の原則」と信長

 「専門化の原則」は簡単に言うと、分業された職務に対して、

 各担当が専門的に従事しているかということです。

 これによりに組織は効率的に運用されます。

 

 信長は、土豪の次男以下を集めて「馬廻衆」という親衛隊を作り、

 執務や戦闘の「専門化」をはかり

 効率的な組織運用を行っております。

 

②「権限責任一致の原則」と信長

 「権限責任一致の原則」は課した責任に対してしっかり権限を与えましょう、ということです。

 上手くいっていな組織ほど、権限はないのに責任を負わされている人がいますね。

 

 信長は、統治する領域が拡大したあと、方面軍という方式を採用し、

 柴田勝家、豊臣秀吉、明智光秀など優秀な人物に方面軍司令官として

 大きな権限を与えています。

 もちろん責任もしっかりあります。

 先ほど追放されたと紹介した佐久間信盛は、もともと大阪方面軍司令官でしたが、

 更迭され明智光秀にとってかわられました。

 

③「統制範囲の原則」と信長

 「統制範囲の原則」とは、一人の上司が有効に指揮できる人数には限界があるよね、

 という原則です。

 

 これも信長は先ほど紹介した、方面軍でしっかり反映されてますね。

 信長は各方面軍指揮官を管理し、

 方面軍指揮官は指揮官として、信長に渡された人材を管理・運用しています。

 後に加賀百万石で有名になる前田利家はこの時、

 北陸方面軍指揮官 柴田勝家の下に信長により配置されていました。

 

④「命令統一性の原則」と信長

 「命令統一性の原則」とは、階層化した組織がバラバラにならないように、

 構成員は決められた一人の上司から指示を受けて、

 秩序だって行動しないとダメ、という原則です。

 

 信長は部下に権限は与えていますが、権限の範囲は明確にしております。

 信長の命令がしっかり組織階層を降りていき遂行される、

 中央集権的な統治機構をがっちり組んでいました。

(意外と戦国武将は、このような強い中央集権になっておらず、

 武田信玄や毛利元就なんかも地元の有力者の連合体とトップだったと言われたりしています。)

 

⑤「例外の原則」と信長

 「例外の原則」とは、指導者(経営者)は業務的な意思決定ではなく、

 戦略的な意思決定に携わるべきという原則です。

 大きな会社の社長が、戦略策定ではなく事務作業をしていたら

 組織はうまく回りませんよね。

 

 信長も、初期の桶狭間などは自分で陣頭指揮をとっておりました。

 しかし、天下統一の終盤は、各地域の天下統一戦争は方面軍司令官に任せて、

 戦略的意思決定に集中していました。

 (俗説では、中国進出を構想していた、なんてのもありますね。)

 

 

 

実例に当てはめると覚えやすい

歴史が好きなのでつい長くなってしまいました、

失礼しました、まだ書けそうですがそろそろ切り上げます。

信長の組織論、ご参考になりましでしょうか。

 

ちょっと無理やりこじつけているとこもありますが、

具体的な実例に当てはめると、

抽象度の高い企業経営論もイメージしやすくなります。

皆さまも歴史に限らず、

ぜひ実際に自分の勤めている会社や、映画、漫画などお好きなもので試してみてください。

 

 

明日は、国際派エンジニアで15日の実務補習を乗り切った Nanaが登場します!

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